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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)122号 判決 1996年9月10日

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

小栗昌平

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

後藤正彦

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第9027号事件について平成7年3月2日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年6月22日、名称を「ワイヤ放電加工装置の被加工物落下検出装置」(後に「ワイヤ放電加工装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和63年特許願第154273号)したが、平成6年4月5日拒絶査定を受けたので、同年5月26日審判を請求し、平成6年審判第9027号事件として審理された結果、平成7年3月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月5日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ワイヤ電極と導電性被加工物との間に加工液を放出するとともに、両者間に放電を発生させて、上記被加工物を加工するワイヤ放電加工装置において、上記装置の下部絶縁ノズルの側面に導電部を有し、上記導電部と被加工物間の接触を検出して加工を停止させる接触検出装置を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)<1>  本願の出願前に国内で頒布された特開昭61-260927号公報(以下「引用例1」という。)には、「ワイヤ電極(引用例1にあっては、ワイヤ電極10)と導電性被加工物(引用例1にあっては、被加工物12)との間に加工液を放出するとともに、両者間に放電を発生させて、上記被加工物を加工するワイヤ放電加工装置において、上記装置の下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により被加工物(「被加工物間」とあるのは誤記と認める。)の落下を検出して加工を停止させる落下検出装置(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’、ばね46、作動棒42及びリミットスイッチ40)を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」が記載されている。(別紙図面2参照)

<2>  本願の出願前に国内で頒布された特開昭61-109615号公報(以下「引用例2」という。)には「ノズル(引用例2にあっては、ノズル7)の被加工物(引用例2にあっては、被加工物18)との検出面に導電部(引用例2にあっては、接触子39)を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置」が記載されている。

(3)  本願発明と引用例1に記載されたものを対比すると、本願発明も引用例1記載のものも、放電加工終了直前に被加工物(正確にいうならば、被加工物から加工により切り離された加工物)が落下して下部ノズルに当たった際に、それを検出して加工を停止させるものであり、引用例1記載の「下部噴出ノズル26b’の外壁全周」は本願発明における「下部絶縁ノズルの側面」に相当するから、両者は「ワイヤ電極と導電性被加工物との間に加工液を放出するとともに、両者間に放電を発生させて、上記被加工物を加工するワイヤ放電加工装置において、上記装置の下部絶縁ノズルの側面を落下被加工物との検出面とし、上記検出面により被加工物(「被加工物間」とあるのは誤記と認める。)の落下を検出して加工を停止させる落下検出装置を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」の点で一致し、本願発明が「下部絶縁ノズルの側面に導電部を設け、導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置により被加工物の落下を検出している」のに対して、引用例1に記載されたものは「下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により被加工物の落下を検出する落下検出装置(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’ばね46、作動棒42及びリミットスイッチ40)」である点で相違する。

(4)  上記相違点について検討する。

「ノズルの被加工物との検出面に導電部を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置」は、引用例2に記載されている。

そして、引用例1及び引用例2記載のものは、本願発明と同じ技術分野に属し、接触を導電により検出する接触検出装置にあっては、接触物が軽いものであっても、その接触を瞬時にかつ確実に検出することができることは自明のことである。

したがって、引用例2記載の技術思想を引用例1記載のものに転用し、引用例1記載のノズルの被加工物との検出面である下部絶縁ノズルの側面に導電部を設け、引用例1記載の落下検出装置を引用例2記載のような導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置にするようなことは、当業者が容易になしえたことと認める。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された技術思想に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)<1>のうち、「上記装置の下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により」被加工物の落下を検出しているとの部分は争い、その余は認める。同(2)<2>は認める。同(3)のうち、「引用例1記載の『下部噴出ノズル26b’の外壁全周』は本願発明における『下部絶縁ノズルの側面』に相当する」との部分、「上記装置の下部絶縁ノズルの側面を落下被加工物との検出面とし、上記検出面により」被加工物の落下を検出している点で一致しているとした部分、相違点の認定につき「引用例1に記載のものは下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により」被加工物の落下を検出しているとした部分は争い、その余は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、引用例1の記載内容を誤認して、本願発明と引用例1に記載のものとの一致点の認定を誤って相違点を看過し(取消事由1)、本願発明と引用例1に記載のものとの相違点の認定及び判断を誤り(取消事由2)、かつ、本願発明の顕著な作用効果を看過して(取消事由3)、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)

<1> 審決は、引用例1(甲第5号証)には「下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により被加工物の落下を検出して加工を停止させる落下検出装置(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’、ばね46、作動棒42及びリミットスイッチ40)を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」が記載されていると認定しているが、引用例1には、下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面としたものが記載されているとはいえない。

引用例1の図面第3b図に示されているところからも明らかなように、引用例1記載のものでは、下部ノズルに対して作動棒の垂設方向に落下加工物が接触する場合に落下加工物の接触を検知することができるものである。すなわち、下部ノズルに対して上方から垂直方向に落下加工物が接触する場合に落下加工物の接触を検知することができるものであり、下部ノズルの上端面が検出面とされているのであって、引用例1には、下部ノズルの外壁全周を被加工物との検出面とするものが記載されているとはいえない。

仮に、引用例1記載のものが、周面に衝突した場合の検出をも予定するものであるとすれば、ノズルが傾いても検出できるように機械的余裕度、いわゆる「遊び」がノズルに必要とされることは技術的に明らかであるが、このような「遊び」についての記載がないばかりか、第1図及びそれに関する説明では「ノズル摺動筒50の噴出ノズル26’bの摺動面にOリング48を埋設させて該噴出ノズル内に噴出する加工液が前記ノズル停止筒に浸入しないように封密を保持させている。」(甲第5号証2頁右下欄下から2行ないし3頁左上欄2行)とあるように、このような「遊び」はかえってあってはならないものとしている。このことからも、引用例1に下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により落下被加工物を検知することが記載されているとは到底いえない。

上記のとおりであるから、引用例1の記載内容についての審決の上記認定は誤りである。

したがって、上記認定を前提として、「引用例1記載の『下部噴出ノズル26b’の外壁全周』は本願発明における『下部絶縁ノズルの側面』に相当する」とした審決の認定は誤りであり、「上記装置の下部絶縁ノズルの側面を落下被加工物との検出面とし、上記検出面により」被加工物の落下を検出している点で一致しているとした部分も誤りである。

(2)  取消事由2(相違点の認定・判断の誤り)

上記(1)のとおり、引用例1には、下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面としたものが記載されているとはいえないから、本願発明と引用例1記載のものとの相違点につき、「引用例1に記載のものは下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により」被加工物の落下を検出しているとした審決の認定は誤りであり、この誤った相違点についての認定を前提としての相違点の判断も誤りである。

仮に、審決における相違点の認定が是認できるものであるとしても、その相違点についての判断はそれ自体誤ったものである。

審決は、引用例2には「ノズルの被加工物との検出面に導電部を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置」が記載されているとしている。

しかし、引用例2記載のものでは、ノズルの先端にのみ接触子を設けたにすぎず、ノズルの先端以外のところには接触子を設けることはなく、またノズルの先端以外のところに接触子を設けることは全く想定できないものである。また、引用例2記載のものは、「ワイヤカット放電加工装置において、ノズルと被加工物とを非接触状態として加工を行なうことを可能とする間隔保持手段を有するノズル装置に関する。」(甲第6号証6頁左下欄17行ないし20行)ものであって、ノズル先端と被加工物との接触を検出した後に両者を所定間隔に保持しようとするものに他ならず、意図的に、接触子を被加工物に近接させ、両者の接触が検出されてからノズルを離すという技術内容が開示されているにすぎない。

引用例2記載のものでは、検出面がノズル先端にあるからこそ、「ノズルと被加工物との間隔を所定の間隔に設定することができる」(甲第6号証9頁右上欄4行ないし6行)という効果を奏するものであり、検出面はノズル先端以外にはあり得ないものである。検出面がノズル先端以外にはあり得ないものの記載から、検出面であればどこでもよいというような技術思想の抽出などできようもない。

また、審決では、「引用例1及び引用例2記載のものは、本願発明と同じ技術分野に属し、」としているが、ワイヤ放電加工装置として共通しているとしても、いずれも異なった課題のものであり、それぞれ異なった課題のもとに異なった解決手段をとっているものであるから、これらを「同じ技術分野に属し」ということでひと括りにしても、引用例2記載の技術思想を引用例1記載のものに転用し得る何の根拠にもなり得ない。

さらに、引用例1及び引用例2には、接触物が軽いものについての言及、示唆は全くないから、同じ技術分野に属することをもって、引用例2記載のものを引用例1記載のものに転用する根拠とはなり得ない。

以上のとおりであって、審決の相違点の認定及び判断は誤りである。

(3)  作用効果の看過(取消事由3)

本願発明は、その要旨とする構成により、「被加工物が下部絶縁ノズルに対するいかなる部分(側面)に接触したとしても、その接触を瞬時にかつ確実に検知することができるので、下部絶縁ノズル等の破損を防止できるとともに、加工物の加工部を損傷しないものが得られ」(甲第4号証2頁12行ないし15行)、「被加工物が非常に軽いものであっても、被加工物と下部絶縁ノズルとの電気的な接触を検知することにより瞬時にかつ確実に被加工物と下部絶縁ノズルとの接触を認識することができる。」(同号証2頁16行ないし18行)という効果を奏するものである。

これに対し、引用例1の発明では、被加工物の落下に際しノズルに対して垂直方向、すなわち、作動棒の作動方向に被加工物によりノズル上端部が押圧されて、これにより被加工物を機械的に検出する構成を示すにとどまり、また、引用例2の発明では、ノズルと被加工物とを非接触状態として加工を行うことを可能とするために、まずノズルを意図的に被加工物に近接させてノズル先端部の導電部と被加工物とを接触させ、その後にノズルを被加工物から離して間隔を保持するようにした間隔保持手段を有するノズル装置の構成を示すにすぎない。また、いずれの引用例のものでも、被加工物との接触はノズルの端部でなされる構成が示されているにすぎない。

そもそも、引用例2記載のものでは、ノズルと被加工物との接触はノズル先端部以外にはありえず、ノズル先端部を被加工物に意図的に接触させて後、所定間隔だけノズルを被加工物から離すというものである。このように、引用例2におけるノズルと被加工物との接触は、本願発明におけるノズルと被加工物との接触、すなわち「(ノズル側面の)導電部と被加工物間の接触を検出して加工を停止させる接触検出」としての接触とは、全くその接触の技術的意義が異なっているものである。

したがって、引用例1及び引用例2に記載されたものは、本願発明の上記特有の効果を奏し得るものではなく、また、予測し得るものでもないのであって、審決は本願発明の上記顕著な効果を看過したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用例1の第3b図に示されたものは、被加工物の落下の形態の一例を示したにすぎず、被加工物の落下の形態としては、本願明細書及び図面の第4図に従来例として示されるように下部ノズルの周面に衝突するものもある。そして、引用例1の3頁左上欄3行ないし13行に記載されている作用は、引用例1の第3b図に示されるように被加工物の落下により下部ノズルが少し傾くような力を受ける落下の形態であっても奏する作用であるから、本願明細書及び図面の第4図に従来例として示されるような落下被加工物が下部ノズルの周面に衝突し下部ノズルが少し傾くような力を受ける落下の形態の場合にもあてはまる作用である。

そして、引用例1には、落下被加工物は下部噴出ノズルの上端面にのみ衝突するとか、下部ノズルの上端面のみを検出面としているといったような記載はないから、引用例1記載の装置は、本願明細書及び図面の第4図に従来例として示される落下被加工物が下部ノズルの周面に衝突するような場合にもあてはまるものであり、その場合、下部ノズルの外壁全周が被加工物の検出面となる。

したがって、審決の引用例1の記載内容についての認定及び一致点の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

審決は、引用例1の記載内容についての認定を誤ったものでもなく、本願発明と引用例1に記載されたものとの相違点の認定を誤ったものでもないから、誤った相違点についての認定を前提として相違点の判断をしたものではない。

次に、引用例2記載の実施例で、ノズルの先端にのみ導電部である接触子が設けられているのは、この実施例ではノズルの先端が被加工物との接触を検出する検出面となっているからであり、もし検出面がノズル先端でなく他の部分にある場合には、当然接触子は検出面となる他の部分に設けられる。すなわち、引用例2からは「ノズルの被加工物との検出面に導電部を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する」という技術思想を抽出することができ、この技術思想は被加工物との接触を検出する検出面に導電部である接触子を設けるという思想であるから、もし検出面がノズル先端でなく他の部分にある場合には、当然接触子は検出面となる他の部分に設けられる。

さらに、引用例1記載のワイヤ放電加工装置の落下検出装置も、引用例2記載のワイヤ放電加工装置の接触検知装置も、ワイヤ放電加工装置に用い、接触を検出する装置という点で共通する技術である。

したがって、両者は、ワイヤ放電加工装置の点のみならず、接触を検出する技術の点でも関連があるから1引用例2記載の接触を検出する技術を引用例1記載の接触を検出する技術に転用するようなことは、当業者が容易になし得たことである。

(3)  取消事由3について

引用例1記載の装置は、本願明細書及び図面の第4図に従来例として示される落下被加工物が下部ノズルの周面に衝突するような場合にもあてはまるものであり、下部ノズルの外壁全周が被加工物との検出面となることを妨げるものではない。

そして、本願発明の「被加工物が下部絶縁ノズルに対するいかなる部分(側面)に接触したとしても、その接触を瞬時にかつ確実に検知することができるので、下部絶縁ノズル等の破損を防止できるとともに、加工物の加工部を損傷しないものが得られる」という効果は引用例1記載のものも有する効果である。

また、接触物(被加工物)が非常に軽い場合でも確実に検出できるという本願発明のもう一つの課題は、引用例2に示すような接触を導電により検出する接触検出装置が有する課題と同じであり、「接触物が軽いものであっても、その接触を瞬時にかつ確実に検出することができる」という効果は、接触を導電により検出する接触検出装置が有する自明の効果である。

したがって、本願発明の効果は、引用例1記載のものが持つ効果と引用例2記載の技術思想が持つ効果を寄せ集めたものにすぎない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  引用例1には、「ワイヤ電極(引用例1にあっては、ワイヤ電極10)と導電性被加工物(引用例1にあっては、被加工物12)との間に加工液を放出するとともに、両者間に放電を発生させて、上記被加工物を加工するワイヤ放電加工装置において、被加工物の落下を検出して加工を停止させる落下検出装置(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’、ばね46、作動棒42及びリミットスイッチ40)を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」が記載されていること、本願発明も引用例1記載のものも、放電加工終了直前に被加工物(正確には被加工物から加工により切り離された加工物)が落下して下部ノズルに当たった際に、それを検出して加工を停止させるものであり、両者は、「ワイヤ電極と導電性被加工物との間に加工液を放出するとともに、両者間に放電を発生させて、上記被加工物を加工するワイヤ放電加工装置において、被加工物の落下を検出して加工を停止させる落下検出装置を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工装置。」の点で一致していることは、当事者間に争いがない。

<2>  引用例1(甲第5号証)には、「この発明に係る下部噴出ノズル26b’上に加工物12aが落下した場合に、ノズル破損保護ばね46によって該加工物落下の衝撃を緩衝し、ついで停止作動棒42がリミットスイッチ40に当触することによって前記加工物の落下を検知して加工装置を停止させ、また被加工物12の取付けが不充分で定盤下に固定された場合でも、前記加工物落下と同様に該被加工物が前記噴出ノズルに接触して前記保護ばねを圧縮し、ついで前記停止作動棒がリミットスイッチに当触することによって取付不良の検出が行なわれる。」(3頁左上欄3行ないし13行)と、加工物12aが下部噴出ノズル26b’上に落下した場合の作用について記載されているところ、従来のワイヤ放電加工装置における加工物落下時の下部加工液噴出機構と被加工物との関係位置を示す引用例1の図面第3b図には、下部ノズル26bの上端面に被加工物12aが落下している状態が記載されているが認められる。

しかしながら、引用例1記載のものにおいて上記作用が行われるのは、「下部噴出ノズル26b’上に」加工物12aが落下した場合であって、「下部噴出ノズル26b’の上端面に」加工物12aが落下した場合とは記載されていないこと、本願の願書に添付された図面の第4図(甲第2号証)や乙第3号証(特開昭62-44318号公報)の第2図によっても明らかなとおり、この種のワイヤ放電加工装置において、被加工物がノズルの上端面にのみ落下が生じるとは想定できず、被加工物の落下の形態は種々想定し得ることからすると、引用例1記載のものにおいては、下部噴出ノズル26b’の上端面のみならず、下部噴出ノズル26b’の側面である外壁全周も含めて落下被加工物との検出面としているものと認めるのが相当であり、引用例1の第3b図は、被加工物の落下の形態の一例を図示したにすぎないものと認められる。

<3>  原告は、引用例1記載のものにおいては、下部ノズルに対して上方から垂直方向に落下加工物が接触する場合に落下加工物の接触を検知することができるものであり、下部ノズルの上端面が検出面とされているのであって、引用例1には、下部ノズルの外壁全周を被加工物との検出面とするものが記載されているとはいえない旨主張するが、上記<2>に認定、説示したところに照らして採用できない。

また原告は、引用例1記載のものが周面に衝突した場合の検出を予定するものであるとすれば、ノズルが傾いても検出できるように機械的余裕、いわゆる「遊び」が必要であるが、引用例1には、このような「遊び」についての記載はない旨主張する。

しかし、引用例1の第3b図に示される下部ノズルの上端面に被加工物が落下する場合も、本願明細書及び図面の第4図に従来例として示される下部ノズルの側面に被加工物が落下する場合も、下部ノズルが少し傾いた状態となっており、下部ノズルに対して少し傾くような力を与えるという点では同様の作用をなすものと認められる。そうすると、原告が主張するような「遊び」の点を理由として、引用例1には、下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面とすることが記載されていないとすることはできない。

<4>  以上のとおりであるから、引用例1の記載内容についての審決の認定に誤りはなく、したがって、「引用例1記載の『下部噴出ノズル26b’の外壁全周』は本願発明における『下部絶縁ノズルの側面』に相当する」とした認定、及び本願発明と引用例1記載のものとの一致点の認定についても誤りはなく、相違点の看過もない。

よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  原告は、引用例1には、下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面としたものが記載されているとはいえないから、本願発明と引用例1記載のものとの相違点につき、「引用例1に記載のものは下部絶縁ノズル(引用例1にあっては、下部噴出ノズル26b’)の外壁全周を落下被加工物との検出面として、上記検出面により」被加工物の落下を検出しているとした審決の認定は誤りであり、この誤った相違点についての認定を前提としての相違点の判断も誤りである旨主張するが、上記(1)に認定のとおり、引用例1には、下部噴出ノズル26b’の外壁全周を落下被加工物との検出面としたものが記載されているから、審決の相違点の認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用できない。

<2>  引用例2(甲第6号証)に「ノズル(引用例2にあっては、ノズル7)の被加工物(引用例2にあっては、被加工物18)との検出面に導電部(引用例2にあっては、接触子39)を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する接触検出装置。」が記載されていることについては、当事者間に争いがない。

ところで、引用例1記載の落下検出装置、引用例2記載の接触検出装置はいずれも、ワイヤ放電加工装置に用いられ、ノズルと被加工物との接触を検出する装置である点で共通する技術であるということができるから、引用例2記載の接触を検出する技術を引用例1記載の接触を検出する技術に転用することは、当業者において容易に想到し得たことと認められる。

<3>  原告は、引用例2記載のものでは、検出面がノズル先端にあるからこそ、「ノズルと被加工物との間隔を所定の間隔に設定することができる」(甲第6号証9頁右上欄4行ないし6行)という効果を奏するものであり、検出面はノズル先端以外にはあり得ないものであるから、検出面がノズル先端以外にはあり得ないものの記載から、検出面であればどこでもよいというような技術思想の抽出などできようもない旨主張する。

引用例2記載のものは、「ワイヤカット放電加工装置において、ノズルと被加工物とを非接触状態として加工を行なうことを可能とする間隔保持手段を有するノズル装置に関する。」(甲第6号証6頁左下欄17行ないし20行)ものであって、引用例2のノズルの検出面は、ノズルと被加工物との間隔を所定の間隔に設定することができるように、ノズルの先端部に設けられているものと認められる。

しかし、審決が引用例2から抽出し、引用した技術思想は、「ノズルの被加工物との検出面に導電部を設け、上記導電部と被加工物間の接触を導電により検出する」というものであって、引用例2に具体的に開示されている、ノズルの被加工物との検出面がノズルの先端部にあるもの自体を引用しているわけではない。そして、ノズルと被加工物との接触を検出するための手段として考えるとき、導電部を設ける箇所をノズル先端部と限定しなければならない事情はない。上記(1)に認定のとおり、引用例1記載のものにおいては、ノズルの側面が被加工物との接触面となり得るものであるから、引用例2の上記技術思想を適用して、ノズル側面に導電部を形成して検出面とすることは、当業者が容易に想到し得るものというべきである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

また原告は、本願発明と引用例1及び引用例2記載のものとは、いずれも異なった課題のものであり、それぞれ異なった課題のもとに異なった解決手段をとっているものであるから、これらを「同じ技術分野に属し」ということでひと括りにしても、引用例2記載の技術思想を引用例1記載のものに転用し得る何の根拠にもなり得ない旨主張するが、本願発明、引用例1のワイヤ放電加工装置及び引用例2のワイヤ放電加工用ノズル装置は、いずれもノズルと被加工物との接触を検出する装置を有する点で共通しており、この技術的共通性に基づけば、引用例2に記載の接触を検出する技術を引用例1に記載の接触を検出する技術に転用することは、当業者において容易であると認め得るのであって、原告の上記主張は失当である。

さらに原告は、引用例1及び引用例2には、接触物が軽いものについての言及、示唆が全くないから、同じ技術分野に属することをもって、引用例2記載のものを引用例1記載のものに転用する根拠とはなり得ない旨主張するが、引用例2に記載のような接触を導電により検出する接触検出装置においては、接触物が軽いものであっても、その接触を瞬時にかつ確実に検出することができることは自明のことであり、このような機能は引用例2記載の接触検出装置を採用すれば当然に得られることであるから、原告の上記主張は採用できない。

<4>  以上のとおりであるから、審決の相違点の認定及び判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

本願発明は、「被加工物が下部絶縁ノズルに対するいかなる部分(側面)に接触したとしても、その接触を瞬時にかつ確実に検知することができるので、下部絶縁ノズル等の破損を防止できるとともに、加工物の加工部を損傷しないものが得られる。」(甲第4号証2頁12行ないし15行)、「例えば、被加工物が非常に軽いものであっても、被加工物と下部絶縁ノズルとの電気的な接触を検知することにより瞬時にかつ確実に被加工物と下部絶縁ノズルとの接触を認識することができる」(同号証2頁16行ないし18行)という効果を奏するものと認められる。

上記の効果は、「下部絶縁ノズルの側面に導電部を設け、この導電部と被加工物との接触を電気的に検知して被加工物と絶縁ノズルとの接触を検知するように構成した」(甲第4号証2頁10行ないし12行)ことによってもたらされるものであるが、この構成は、引用例1に記載の接触検出手段に代えて引用例2に記載の導電による接触検出手段を用いることにより得られるものであり(この構成を想到することが容易であることは上記(2)に説示のとおりである。)、「接触を瞬時にかつ確実に検知することができる」ことは接触を導電により検出する引用例2記載の発明が本来有する作用であるから、上記効果は、引用例1及び引用例2記載の発明から予測できる範囲のものと認められる。

したがって、審決は本願発明の顕著な作用効果を看過したとする原告の主張(取消事由3)は理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

1:導電性被膜

2:接触検出装置

26b:下部絶縁ノズル

12:被加工物

<省略>

別紙図面2

<省略>

10:ワイヤ電極

12:被加物

22:下部加工液噴出機構

26b:ノズル

40:リミットスイッチ

42:作動棒

46:圧縮スプリング

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